本郷三丁目は穏やかな街並みの広がっている地域で、治安も良好だということで人気があります。本郷は住環境に優れているだけでなく、歴史的に見ても由緒ある街だといわれています。例えば日本の最高学府の東京大学のキャンパスのある地域です。その他にも教科書に出てくるような文豪ゆかりの地でもあります。今回は、本郷三丁目を歴史の側面からくわしく見ていきます。

東京大学は明治10年に発足した歴史ある大学


本郷というと東京大学を連想する人も多いでしょう。東大の本郷キャンパスは本郷三丁目からでも徒歩圏内です。東京大学は日本でも屈指の老舗の国立大学です。また本郷キャンパスには歴史的な建造物や名所が敷地内にあって、学生以外の方でも散策することが可能です。東大の本郷キャンパスの魅力についてもここで解説していきます。

東京大学には散策できる場所がある

東京大学のキャンパスは学生や教員など関係者でないと入れないと思うかもしれません。しかし15名以上の団体以外であれば予約なしでもフラッと散策することが可能です。本郷キャンパスは東京ドームで11個分の広い敷地を有しています。ですから1日ではとても回れないでしょう。

東大というと赤門をイメージする人も多いはずです。この赤門から敷地内にアクセスすることも可能です。もともと本郷キャンパスは加賀藩の前田家の上屋敷のあった場所で、赤門はその名残です。第12代藩主の前田斉泰が溶姫を迎え入れるために作ったのがルーツです。国の重要文化財に指定されています。

東大の正門というと赤門と思っている人も多いでしょうが、それは実は誤りです。赤門を通過し本郷通りをそのまま進むと両側に赤い煉瓦でつくられた建造物のある、大きな鉄製の門扉が見えてきます。これが正門です。冠木門を基調にしているといいます。

安田講堂へと続く銀杏並木も散策スポットとして人気です。だいたい200メートルほどの道のりなのですが、樹齢100年以上の大きなイチョウが出迎えてくれます。中には樹齢200年と言われているような大銀杏もあって、前田家の屋敷だったころから存在していたものもあるといいます。このような大きな木を見ると歴史の重みを感じさせます。

本郷キャンパスはイチョウ並木をはじめとして、都心部にありながら緑が豊かです。その中でも見学してほしいのが、三四郎池です。正式名称を「育徳園心字池」と言いますが、あの夏目漱石の「三四郎」の中に登場したことで三四郎池の名前の方が有名です。遊歩道が周囲にはありますので、散策もしやすいです。

建造物にも注目です。医学部本館や本文1号館と2号館はゴシック様式です。そのほとんどが内田祥三氏の手によってつくられました。著名な建築家で、彼の作った建造物は「内田ゴシック」とも呼ばれています。半円アーチが連続しているレイアウトは本当に美しいです。登録有形文化財に指定されていますので、一見の価値ありです。このようにいろいろな散策スポットが点在しています。休日を使って、本郷キャンパスに足を伸ばしてみるのはいかがですか?

建物の中でもやはり無視できないのは安田講堂でしょう。学生運動の舞台になった場所として広く知られています。こちらも内田祥三氏の設計によるもので、もともとは「東京帝国大学代行同」と言います。大正10年(1921年)に着工し、大正14年(1925年)に完成しました。なぜ安田講堂と呼ばれるのか、これは安田善次郎氏の寄付によって建築されたからです。安田氏は安田財閥の創始者です。安田氏は当初匿名で寄付したのですが、死後実は寄付していたことが明るみになり、彼をしのぶという意味で安田講堂という名称が定着しました。平成8年(1996年)には国の登録有形文化財に指定されました。

東京大学の歴史

東京大学が誕生したのは見出しの通り、明治10年(1877年)のことです。当時開校していた東京開成学校と東京医学校が合併したことで誕生しました。国内初の近代化された大学として設立されました。当時は法学・文学・理学・医学の4学部の構成でした。当時本郷キャンパスには医学部がおかれました。東京医学校がそこにあったからです。その他の3学部については東京開成学校のあった神田・一ツ橋に設置されました。その後こちらの3学部も明治18年(1885年)に本郷に移転されました。

当初は4学部だったのですが、徐々に増やしていきます。明治19年(1886年)に帝国大学扱いになったのですが、この時のちの工学部になる帝国大学工科大学、明治23年(1890年)にはのちの農学部である帝国大学農科大学が設置されました。明治30年(1897年)には東京帝国大学に改称されます。大正8年(1919年)には経済学部も設置され、昭和22年(1947年)には再度東京大学に改称されました。

昭和24年(1949年)に旧制の第一高等学校並びに東京高等学校高等科を併合して、現在の東京大学となりました。このように大学の中でも長い歴史を誇るのが東京大学なわけです。

本郷三丁目周辺は文豪ゆかりの地である


東京大学のキャンパスがあったことに代表されるように、本郷エリアには教育機関がその後も多くつくられるようになりました。その関係からか、本郷三丁目には著名な文豪ゆかりの地という側面もあります。現在でもその文豪に関係するスポットもありますので、どのような文豪が暮らしていたのか以下で紹介します。文豪ゆかりのスポットを休日巡ってみるのもアカデミックです。

夏目漱石

夏目漱石は本郷にゆかりのある作家です。ここでも紹介しているように本郷キャンパスにある三四郎池があの有名な「三四郎」の舞台として登場しているからです。三四郎池は作中主人公の三四郎が美彌子と出会った場所として描かれています。漱石は三四郎池とその周辺の美しく静寂な森を好んでいたといわれています。

三四郎池の周辺には草木が多くあります。そして四季によってその景色が変化します。ですからどのシーズンに出かけてもまた違った表情を堪能できるわけです。余計な建物が一切なく、森の中で都会の喧騒を忘れ、静かな環境の中に身を置けます。三四郎池の周辺を散策することで、気分をリフレッシュできるでしょう。

石川啄木

明治の歌人や詩人として現代でも広く知られる石川啄木のゆかりの地でもあります。かつて啄木は「喜之床」という本郷二丁目にあった理髪店の2階で家族と一緒に暮らしました。約2年間、本郷で暮らしています。その後小石川に移り、そこで最期を迎えています。ちなみに喜之床は保存されています。愛知県犬山市にある明治村に移築されているので、啄木の暮らしていた地を見学できます。

本郷三丁目エリアから徒歩圏内には、石川啄木ゆかりのスポットもあります。例えば切通坂は有名です。啄木は朝日新聞で働いていたことがあったのですが、夜勤をして帰りに通った道です。湯島から御徒町に道を通すために切り開いて作ったということから、切通坂という名称がつけられたといわれています。今ではかなり緩やかな坂ですが、上野広小路と本郷三丁目の間に電車が開通して緩やかになったとされます。それ以前はかなり急な坂だったといわれています。

切通坂には啄木の歌碑もあります。中には切通坂に由来する歌が紹介されているものもあります。ちなみにこちらの文字は現行ノートに残された自筆を刻んだもので、啄木がどんな字を書いて歌を作っていたかをしのべます。

森鴎外

本郷は明治の文豪の森鴎外のゆかりの地と言われています。衛生学の研究のためにドイツに留学し、帰国した後で当時の本郷区に拠点を移しました。途中何度か引越しをしていますが、文京区内で移動していました。鴎外は文京区内で30年にわたって、家族と共に生活していたといわれています。文京区で生活しながら、鴎外は「青年」や「雁」といった小説などの作品を多く発表しています。

明治40年(1907年)から観潮楼歌会と呼ばれる短詩会を開催しています。観潮楼というのは鴎外の住宅のことで、2階から東京湾が一望できたことから彼自身がこのように名付けたといいます。観潮楼歌会には与謝野寛や伊藤佐千夫、石川啄木、斎藤茂吉などが集ったとされます。この観潮楼の跡地には現在、文京区立森鴎外記念館が作られています。鴎外のことについていろいろな資料がそろっているので、散策ついでに足を伸ばしてみるのはいかがですか?

本郷三丁目はレトロなものが好きな人にもおすすめ


ここまで見てきたように、本郷三丁目は東京大学があったり、文豪が居を構えていたりと歴史的な街として知られています。このような歴史的な雰囲気は、今なお残されています。もし本郷三丁目で暮らすのであれば、そのようなレトロなスポットにも足を運んでみるといいでしょう。当時にタイムスリップしたかのような感覚を覚えるでしょう。

本郷三丁目駅から国道245号を横断し一本入ったところに、いかにも歴史のある和菓子屋さんが見えてくるでしょう。こちらは御菓子司 喜久月です。実に創業60年を超える老舗の和菓子屋さんになります。店に入るとレジが見えますが、昔懐かしい年季の入ったものです。こちらのレジ、創業当時から使われているものだといいます。レジを見るだけでも歴史を感じさせてくれます。御菓子司 喜久月の特徴として、文豪を連想させるお菓子をラインナップしている点に注目です。夏目漱石をモチーフにした「そうせき」、樋口一葉がモデルの「おぼろ月」、森鴎外の作品である「雁」などが販売されています。

本郷三丁目には、菊坂という坂があります。この坂の界隈には著名人の旧居跡が密集しているので、歴史好きな方は一度訪れてみるといいでしょう。ざっと見ても「銀河鉄道の夜」で有名な宮沢賢治や言語学者で有名な金田一京助の旧居跡などがあります。スマホの地図アプリにはこのような情報が載っているので、地図とにらめっこしながら歩いてみると興味深いです。

菊坂には有名な操業350年の老舗「金魚坂」があります。金魚の販売から喫茶店・金魚釣りが出来る多彩なお店です。土日は近所の子供たちが金魚つりを楽しんでます。喫茶店内ではピアノの演奏などイベントもあるようです。メニューは懐石料理のコース(要予約)からビーフカレー、親子丼などボリュームのある料理もあるようです。ランチや休憩などで色んなタイミングで利用できそうです。近くを通った際は一度立ち寄ってみるのもいいかもしれません。

まとめ

ここまで見てきたように本郷三丁目には歴史好きが興味を持ちそうなスポットが数多くあります。休日などを利用して、足を伸ばしてみるといいでしょう。閑静な住宅街の広がっている地域なので、穏やかに過ごせるので引越しを検討しているのであれば候補の一つに入れておきたいところです。

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